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ベルリン・フィルハーモニカへ To Berliner Philharmoniker


ベルリンに来たら、是非とも、ベルリンフィルの演奏を聞いてみたかった。

ベルリンフィルといえば、どうしてもヘルベルト・フォン・カラヤンの名前が思い浮かぶが、私の世代で言えば、カラヤンよりも、その後を継いだイタリア人のクラウディオ・アバドの方が馴染みが深い。

私が訪れた時の首席指揮者は、イギリス人のサイモン・ラトルだった。

When I came to Berlin, I wanted to hear the performance of the Berlin Philharmonic.

Speaking of the Berlin Philharmonic, the name of Herbert von Karajan comes to mind, but in my generation, it is more familiar to the Italian Claudio Abad who succeeded it than Karajan.

The  chief conductor was British Simon Rattle.


ベルリン・フィルハーモニカは、ポツダム広場の近くにある。すぐ隣には、ゲメールデガレリーもある。

ベルリンフィルは、音楽も勿論素晴らしいが、音楽ホールのユニークさでも知られている。

The Berlin Philharmonic is near Potsdamer Platz. There is also a Gemeer de Galerie right next door.

The Berlin Philharmonic is also known for its unique music hall, although the music is of course great.


1963年にハンス・シャロウンが設計したホールで、中心の舞台を取り囲むように観客席が配置されている点が、とても斬新。

日本のサントリーホールも、明らかにその影響を受けた設計になっている。

The hall, designed by Hans Shaloun in 1963, is very innovative in that the spectator seats are placed around the central stage.

Japan's Suntory Hall is clearly influenced by the design.


外見は、一見すると、一時的に作られた、特設ホールのように見えないこともない。

内部に入ると、エントランスは天井が高く、壁もほとんどないので、とても開放的な気分になる。

At first glance, the appearance does not look like a special hall created temporarily.

Once inside, the entrance has a high ceiling and almost no walls, so it feels very open.


2階に上がる階段もユニークな構造で、厳粛なクラシック音楽のためのホールというよりは、ロックコンサートが行われるような、アトラクショナルなホールのように感じられた。

The staircase going up to the second floor has a unique structure, and it feels more like an attraction hall where rock concerts are held than a solemn hall for classical music.

(Translated by Google Translate)

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